Home > TOYOTAの人物
TOYOTAの人物
大野耐一
大野耐一(おおの たいいち)
1912年2月29日生まれ、愛知県出身。
元副社長。
豊田英二の配下で生産方式のあり方として世界的に有名なカンバン方式に代表されるトヨタ生産方式(Toyota Production System、略称TPS)を体系化した人物である。喜一郎が考案した戦前のジャスト・イン・タイムを「カンバン」を使って復活させた。
9代目社長:張富士夫氏にトヨタ生産方式を叩き込んだ。
渡辺捷昭
渡辺捷昭(わたなべ かつあき)
1942年2月13日生まれ、愛知県豊田市出身。
10代目社長。
1964年入社、1992年取締役、1997年常務、1999年専務、2001年副社長、2005年に社長昇格。
新興市場をターゲットにした世界戦略車IMV 発表し,グローバル・プレミアムブランドの構築を狙うレクサスを展開して世界一に挑む。
「明るく、楽しく、元気よく」「自然体」が信条。趣味は音楽鑑賞(すべてのジャンル)、スポーツ観戦(ラグビー、野球、サッカー)、ゴルフ(HCP10)。家族は妻、3女の父でもある。
主な事業展開等
2005 年:高級車ブランド「レクサス」展開
2006 年:Toyota Motor Manu. Texas 操業
張富士夫
張富士夫(ちょう ふじお)
1937年2月2日、東京都生まれ。
第9代社長。
大野耐一のもとでトヨタ生産方式を学び,北米事業準備室の主査からケンタッキー工場の責任者として派遣された。同工場は年産50 万台を超え,主力車種「カムリ」はベストセラー・カーになった。張の勤務は7年に及んだが,その間に購買・人事・経理などの経営管理の実際を修得した。章一郎の経団連会長時代には補佐役として政財界にも人脈を作った。
奥田の中国展開を引き継いで,2000~04年間に四川,天津,長春,広州に9 工場を建設した。奥田が蒔いた種を育てたのである。
奥田路線を継いでTotal Mobility Service Provider を目指し,国際競争力№1となるためにCCC21(Construction of Cost Competitiveness )プロジェクトを推進して着実にトヨタをグローバルカンパニーに
育てた。
【トヨタウェイ2001】
Challenge:夢の実現に向けて,ビジョンを掲げ挑戦する.
Kaizen :常に進化,革新を追及し,改善に取り組む.
Genchi Genbutu:現地・現物で本質を見極め,合意・決断
Respect :他を尊重し,相互理解に努め責任を果たす.
Teamwork:人材を育成し,個の力を結集する.
Home > TOYOTAの人物
- Search
-
- TOYOTA parts
- リンク
-
ホームページリニューアルに伴い、現在相互リンクを大募集中です。 ホームページやブログをお持ちの方はぜひ! 相互リンクはこちらからお願いします。
- About
-
Yahoo!カテゴリ登録サイト





